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自分で選んだ結果には、自分で責任をとらなくてはいけません。
つまり、子どもを愛する、ということは、あなたにとってすでに「義務」なのです。
義務を放棄してはいけません。
大人のすることではありません。
好きになれない、という気持ちがエスカレートして、虐待にまでなるケースについては、後述します。
ここでは、その前の段階の話として読んでください。
子どもが好きではなくても、子育てはできます。「好き」と「愛する」は違うのです。「好き」という気持ちは、根底に小我があります。
自分に都合がいいから、自分にとって好ましいから、だから「好き」という感情が生まれます。
「愛する」は違います。
愛するということは、ただ相手のために尽くすこと。
自分の感情は二の次なのです。
「好き」は小我、「愛する」は大我です。
大我の愛があれば、たとえ子どもが好きではなくても、優しくすることはできます。
必要な世話はきちんとして、ほほえみかけることもできます。
難しく考えないでください。
たとえば病院の看護師さんは、患者さん全員を好きにならなくてはいけないのでしょうか。
そんなことはないはずです。
好き嫌いはあって当然です。
けれど、看護師さんは大我の愛を持って仕事をしなくてはなりません。
大我の愛だからこそすべての患者さんに優しくほほえみかけて、心のこもったケアができるのです。
好き嫌いで自分の行動を決める人ばかりだと、社会は成り立ちません。
会社の中でも、同僚が嫌い、上司が嫌いと言っていては、仕事になりません。
でしょうか。
ご近所づきあいにしても同じこと。
みんな自分の小我である「好き」と「嫌い」を乗り越えて、社会で生活をしているはずです。
なぜ家庭の中でだけ、「好き」と「嫌い」がまかり通るのでしょう。
人間だから、好きとか嫌いという感情、ソリが合う、合わない、はあるでしょう。
もちろん、本当にたましいのレベルの高い人なら、そんなことはありません。
どんな人とでも和合していけるはずです。
けれど、私たちはみんな未熟な「おちこぼれ天使」。
好き嫌いの感情が出ても仕方がありません。
同じきょうだいでも、上の子はかわいいけれど、下の子はどうも……、という話もよく聞きます。
そういう相性はあっても当然です。
けれど、当然だと開き直っていい、というわけではありません。
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